マルチマルチクレーム制限への対応

特許法の改正により、日本では 2022 年 4 月 1 日からマルチマルチクレームが規則違反とされることになりました。この法改正による欧州特許への影響および対策を説明します。

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日欧実務の違いを考慮した効率的な手続きをいたします Masaoki Ishiguro Patent Attorney

 

法改正前は、以下の例のようなクレームセットは日本で認められていました。

1. 特徴 X を有する基板A を有する装置。
2. 基板 B を更に有する、請求項 1 に記載の装置。
3. 前記基板 A はほぼ全面がコーティングC により被覆される、請求項 1 または 2 に記載の装置。
4. 前記基板 A は表面が多孔性である、請求項 1 から 3 のいずれか一項に記載の装置。

法改正後は、日本出願でのクレーム 4 は以下のように記載する必要があります(クレーム数を変更しない場合)。

5. 前記基板 A は表面が多孔性である、請求項 1 または 2 に記載の装置。

しかし、この法改正後の形式のクレームセットは、補正の根拠としての価値が減少しています。すなわち、以下のような補正クレームを作成したい場合(クレーム 1 へのクレーム 3 および 4 の特徴の追加)には、補正根拠がクレーム中には存在しないので、補正根拠を明細書中に求める必要があります。

「特徴 X を有する基板A を有する装置であって、前記基板 A はほぼ全面がコーティング C により被覆され、前記基板 A は表面が多孔性である、装置。」
補正根拠が明細書中にも存在しない場合、補正根拠の欠如により上記のような補正クレームが作成できなくなるという事態が発生し得ます。

これを避けるためには、以下の対応策があります。

(1)日本出願を法改正前の形式で出願し、審査請求時にマルチマルチクレームを削除する

(2)日本出願クレームからはマルチマルチクレームを削除しておき、明細書中にマルチマルチクレームに対応する文言を含めておく


これらの対策をした日本出願を翻訳して欧州特許出願した場合、欧州での審査中に上記の補正クレームを提出することについては補正要件違反の問題は無くなります。

 

しかし、対応策(2)のみでは、欧州特許取得後に複雑な問題が発生し得ます。異議申立てを受けた場合です。より具体的には、審査中にクレーム補正することなく欧州特許を取得 し、その後異議申立てを受け、応答として上記の補正クレームを提出する場合です。


欧州特許について、明確性違反は異議申立ての理由になりません。また、クレームセットに記載された内容の範囲内での補正がなされた場合も、異議申立人は明確性違反のアタックを仕掛けることができません(EPO 拡大審判部審決G3/14)。しかし、補正の根拠が明細書中にしかない場合には、異議申立人は、補正後のクレームに対して明確性違反のアタックを仕掛けることが可能です。


対応策(2)を取った日本出願の対応欧州特許出願が補正無しに欧州特許になった場合、異議申立ての応答として上記の補正クレームを提出するには、「明細書中のマルチマルチクレームに対応する文言」を根拠とするしかありません。この場合、異議申立人は、補正後のクレームに対して明確性違反のアタックを仕掛けることが可能です。本例で言えば、例えば、「基板 A は『ほぼ全面』がコーティング C により被覆されていることを必要とする が、基板 A の『表面の孔』の存在により、『ほぼ全面の被覆』の成立要件が全く不明確になる。すなわち、『ほぼ全面の被覆』のためには基板表面の孔にもコーティング C が入り込んでいる必要があるかが全く不明確である。」のようなアタックが考えられます。


これに対し、欧州特許出願の審査中に自発補正によりクレームセットにマルチマルチクレームを含めておけば、異議申立ての応答として上記の補正クレームを提出する際に、クレームを根拠とすることができます。これにより、明確性違反のアタックを防ぐことができます。このようなことが重要特許の生死を分けることは十分にあり得ます。


すなわち、審査のみならず異議申立ても考えた場合、以下の対応策が有効です。
(3) 日本出願クレームからはマルチマルチクレームを削除しておき、明細書中にマルチマルチクレームに対応する文言を含めておき、対応欧州特許出願の審査中にクレームセットをマルチマルチクレーム形式に自発補正しておく。

 * なお、審判中に提出する auxiliary request について、その根拠が明細書にある場合とクレーム中にある場合とで審理対象として認められる可能性が異なる場合があります。このような予期せぬ不利益を回避するために、少なくとも重要案件では(1)または(3)の対応策をお勧めします。